
「何撮ってるの?そんなとこになにもないじゃん。」写真を撮るとお母さんやばあちゃんにいつも言われた。 枯れ落ちた椿や桜に惹かれた。誰も見ていないような雑草の小さな花を、地面に寄り添って撮った。わたしが美しさに気付くのは「終わってる」ようなものや、かわいそうなかわいさがあるものだった。30歳のとき、「見渡せば花も紅葉もなかりけり・・・」と詠う歌に、日本の色や文化を研究するうちに出会って泣いた。花の盛りの春や夏よりも、全てが散ってしまった寂しい秋の夕暮れに美を見出した、歌。歌人・藤原定家が、そのこころを詠んだものだった。わたしと似ていると思った。わたしが恥ずかしい思いをした時の中には、日本人の「儚いものを愛でる心」、その受け継いだ愛が漂い、素晴らしく輝いていたのだった。 私の中に息づく「日本」。見ためよりもっと奥の奥に美しさが宿ること、また、不自由や制限の中に人が無限の可能性を見ること、そしてそれを「可能性」ではなく「可能」にしてきた日本人の粘り強い精神。私がこれらを色を通してやれるだけ伝えられたらいい。華やかではない、削ぎ落として極限まで手放し残ったものに、無限の「有」と「美」が存在することを伝えてくれるこの、古くも新しい美の概念は、地球ごとわたしたちを救い、みんなを本当の意味で元気にする、世界中どこを探してもここ日本にしかない、秘められたパスワードとも言うべき存在だと思う。
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